大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和50年(行ウ)6号 判決

原告 稲本ハル

被告 京都上労働基準監督署長

訴訟代理人 井野口有市 宗宮英俊 曽我謙慎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四七年二月一九日付原告に対してなした労働者災害補償保険法による療養補償給付および休業補償給付を支給しない旨の処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は昭和(以下に於て略す)四七年二月一九日付で原告に対し、労働者災害補償保険法による療養補償給付および休業補償給付を支給しない旨の処分を行つた。

2  原告は右処分に対し審査請求を行い、更に労働保険審査会に再審査請求を行つたが、五〇年二月一七日付をもつて棄却され、原告は同月一九日右裁決を知つた。

3  原処分は訴外観光日本株式会社(以下訴外会社という)の従業員であつた原告がこうむつた半月板損傷にともなう関節症が、半月板摘出手術のための入院後にいまだ治癒せざるうちに、バツグ係という脚部に負担のかかる業務に従事した結果生じたものであり、業務に起因するものであるのに、事実認定を誤つて起因性なしとして請求を棄却した違法があるから取消さるべきである。

4  原告の症病の経過

(一) 原告は四一年五月二日訴外会社京都支社にゴルフキヤデイとして入社し、同会社の経営する京都ゴルフクラブ西ゴルフ場において、ゴルフキヤデイとして勤務してきた。原告のゴルフキヤデイとしての勤務は、一日の大半を重いゴルフバツグ二ないし三個(軽量バツクで一個平均七・五キログラム、重量バツグで一〇ないし一二キログラムある)をかついで歩きまわるという重労働であつたためと、四三年一一月頂に七番ホール付近で足をすべらしてころび膝を打つたこと、一八番ホール付近ですべつて膝を打つたことが原因でゴルフキヤデイの職業病とされる半月板損傷に罹病し、四四年三月五日滋賀病院に入院、三月一四日半月板摘出手術をうけ、四月二五日まで入院、以後通院して療養につとめた。

(二) 原告は四四年八月二五日職場に復帰したが、その際同会社は、当時バツグ係をしていた野口定子が病気のため入院する必要があり、その代替要員を確保する必要があつたので強硬に原告の職場復帰を要求した。原告はいまだ病気療養中であるので健康に自信がなく、復職をしばらくまつてほしいと申入れたのであるが、同会社石井主任は坐つてできる仕事をさせるからということであつたので、原告としてもやむなく復職することとなつた。

(三) 原告は復職後バツグ係に配置された。バツグ係というのはクラブハウスの玄関から客のゴルフバツグやボストンバツグをかついで階段をのぼりおりして客がゴルフコースに出る場であるスタート迄運搬し、客の帰る際には玄関まで逆コースで運搬する業務である。この業務は、最も軽いもので七・五キログラムもあるゴルフバツグを最低二個、多いときは五個、多忙時には肩の片方に三個づつ計六個(ほかにボストンバツグを二ないし三個かつぐときもある)をかついで、全部で一六段の階段をのぼり平均して約五〇メートルの距離にわたつて、クラブハウスの玄関とスタートの間を往復するのである。この仕事を原告は週日では平均一〇〇人分、日曜祭日では二五〇人ないし三〇〇人を扱つてきたが、一日一〇〇人の場合グループ平均四人の割合でくるので、運ぶ回数は二五ないし四〇回往復でその運搬回数は五〇ないし八〇回となる。

(四) 原告が復職するまで、この仕事は二人で担当していた。原告が復職する前にバツグ係を担当していた近藤光子はマスター室にかわり、原告の復職といれかわりに野口定子も婦人病で入院手術したので復職後は原告とアルバイト一人がバツク係を担当した。四四年一一月に野口が出勤したので野口と二人で四五年二月迄勤務した。同年一月二四日中村京子が入社したのち三人で勤務したが、同年三月野口が東コースに転勤し、同年四月一日中村も西コース事務所にかわつたため、結局四五年四月一日から六月二二日迄のシーズン中の最多忙期には原告一人でバツク係をつとめたことになる。

(五) この間の仕事の内容は、普通の時でもむやみに多忙な業務であるが、特に原告が一人で仕事をしていた四五年四、五、六、の三ケ月間は食事をする時間も便所へ行く時間すらない状態であり、しかも重い荷物をもちはこぶ仕事であるので肉体的に消耗のはげしい仕事であつた。原告はつい四ケ月前に半月板損傷の手術をし病気療養中の身であり、同会社がやかましく復職を要求したので脚に負担のかからない仕事をするという条件で復職したところが、ゴルフキヤデイ当時より以上の重労働だつたので脚の痛みがはげしくなり、幾度となく石井主任等にバツグ係の人数を増してもらいたい旨を申入れたが、全然改善される余地はなかつた。業務量の殆んど変らない同会社の経営する東コースではこの仕事は二人で行われていた。

(六) かようにしてバツグ係としての過激な労働の結果、原告の脚の病気は再び悪化し、四五年五月四日滋賀病院にて再度治療を開始、同年六月二三日より会社を休業して通院治療をつづけた。同年九月より四六年五月迄大津市民病院に、四六年八月一七日から一一月二日まで守山市の寺内整形外科病院にて入院治療をした。寺内整形外科における病名は左膝関節外側半月板損傷、両膝関節炎である。四六年一一月三〇日をもつて、休職期間満了により同会社を退職させられた。

5  以上のように原告の両膝関節症は半月板摘出手術のための入院後にいまだ治癒せざるうちに職場に復帰し、バツグ係という脚部に負担のかかる業務に従事した結果生じたものであるから業務に起因したものであり、これに反する認定をした原処分は違法であり取消されるべきである。但し原告は本訴でバツグ係になつて後の再発増悪による関節症のみの業務起因性を請求原因として主張しそれ以前のことは事情として主張するに止める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が審査請求を行い、更に労働保険審査会に再審査請求を行い、棄却されたことは認めるが、その余の事実は不知。但し裁決の日は五〇年一月三一日である。

3  同3の事実は争う。

4  (一)同4の(一)の事実のうち、原告が四一年五月二日から訴外会社が経営する京都ゴルフクラブ西ゴルフ場にゴルフキヤデイとして勤務していたこと、ゴルフキャデイとしてゴルフバツグをかついで歩きまわること、四四年三月五日滋賀病院に入院、三月一四日半月板摘出手術をうけ、四月二五日同病院を退院したことは認る。

四三年一一月頃に七番ホール付近で足をすべらしてころび膝を打つたこと、一八番ホール付近ですべつて膝を打つたことは不知。

その余の事実は争う。

(二) 同4の(二)の事実のうち、原告が四四年八月二五日職場に復帰したことは認める。その余の事実は不知。

(三) 同4の(三)の事実のうち、原告が復職後バツグ係に配置されたこと、バツグ係がクラブハウスの玄関から客のゴルフバツグをかついで運搬するものであることは認めるが、その余の事実は争う。

客のゴルフバツグのみをかついで運搬するものであり、又スタートまでではなく、キヤデイマスター室前のバツグ置場までである。客の帰る際はバツグ係室前のバツグ置場においてゴルフバツグを聞違いないよう確認して客に渡すのであつて、逆のコースを運搬することはない。

(四) 同4の(四)の事実のうち、四五年四月一日から六月二二日迄のシーズン中の最多忙期に原告一人でバツグ係をつとめたことになることは争う。日曜日および祭日には原告の外にアルバイト等も従事していた。その余の事実は不知。

(五) 同4の(五)の事実のうち、原告が復帰時四ケ月前に半月板損傷の手術をしたことは認めるが、その余の事実は争う。

(六) 同4の(六)の事実のうち、原告が四五年五月四日滋貿病院で受診したこと、同年六月二三日より会社を休業したことは認めるが、バツグ係としての労働の結果、原告の脚の病気が再び悪化したことは争う。その余の事実は不知。

三  被告の主張

原告は元来膝関節症を起こしやすい特異体質により慢性々〔編注:特発性ともいう。〕の半月板損傷に罹患したのである。そしてその半月板摘出手術およびその後二ケ月程の期間にわたる安静のため大腿四頭筋が退化しているので、手術後においては大腿四頭筋の強化訓練は欠くことができないものである。しかるに原告の場合にはむしろ膝関節に悪い結果をもたらす関節水腫一安静一ステロイド注入一筋弱化といつた悪循環をくり返すのみで、規則正しい大腿四頭筋の強化訓練がなされていないが為に、再び膝関節の悪化をもたらしたということができる。従つて原告が手術後ゴルフ場のバツグ係に就労したことが原因で膝関節が悪化したという主張は誤りである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  原告が四一年五月二日から訴外観光日本株式会社の経営する京都ゴルフクラブ西ゴルフ場にゴルフキヤデイとして勤務していたこと、四四年三月五日滋賀病院に入院、三月一四日半月板摘出手術を受け、四月二五日同病院を退院したこと、原告が四四年八月二五日職場に復帰しバツグ係に配置されたこと、バツグ係とはクラブハウスの玄関から客のゴルフバツグをかついで運搬するものであること、原告は四五年五月四日滋賀病院で受診したこと、同年六月二三日より訴外会社を休業したこと、被告が四七年二月一九日付で原告に対し労働者災害補償保険法による療養補償給付および休業補償給付を支給しない旨の処分を行つたこと、原告が右処分に対し審査請求を行い、更に労働保険審査会に再審査請求を行い棄却されたことは当事者間に争いがない。

二  〈証拠省略〉によれば次の事実が認められる。

1  原告が半月板摘出手術の後通院治療中の四四年八月、京都西ゴルフ場の実質上支配人の地位にあつて、当時同ゴルフ場の従業員の管理権限をまかされていた石井治作主任が原告宅を訪れた。原告は足が手術後であり、キヤデイとしては無理である旨述べ、石井主任もこれに賛成したが、原告の復職については、原告が近隣の主婦ら約二〇名と集団的に訴外会社に就職していたのにその仲間から脱落することの淋しさを訴えたのと、偶々当時バツグ係の野口定子が病気で入院してバツグ係の人数が減少する時期でもあつたため、石井主任は原告にバツグ係として復職することを勧めた。原告はキヤデイの経験からバツグ係の仕事の内容は見当がついていたし、石井主任はバツグ係はキヤデイよりは足に負担がかからない仕事であり、忙がしい時はアルバイトの補助をつけるなどして配慮する口振であつたので、原告もバツグ係として復職することに同意した。

2  バツグ係の業務はゴルフ場に客が到着した際、客の持参したゴルフバツグをクラブハウスの玄関からクラブハウス内のスタート事務室前まで運搬し、客が帰る際にはキヤデイが運んでくれたバツグを間違いのないよう確認して客に手渡す仕事である。クラブハウスの玄関からスタート事務室までは三個所で階段合計一五段を昇降し、距離は約四〇メートルある。客の中にはゴルフ場に到着した際駐車場まで行つて車を降りバツグを玄関まで持参しない者もいるのでこの場合には歩行距離が伸びることになる。ゴルフバツグの重量は平均すると約七・五キログラムあり、客は二、三人連れで来ることが多いから一度に二、三個を肩にかけて運搬することが多く、サービスとして客のボストンバツグなども運搬する場合があつた。しかし客の来るのは午前中が殆んどで、午後からは専らゴルフバツグを確認して客に渡すのが仕事であつた。

3  四五年三月末ごろまでバツグ係は二人(一ケ月程は三人)で担当していたが、他の一人が職場を移つたので同年四月一日から六月二二日までは原告一人が常勤の担当者となつた。原告は一人になつた後石井主任らに対し脚の痛みを訴え、バツグ係の増員を要求したが、会社は来客数の多い日曜祭日に学生のアルバイトを増員したのみで原告が休職するまで常勤者の増員はしなかつた。この間の来場者数は約六三〇〇人であるが、アルバイト又は応援職員が延二九人就労しているのでこの間の一人当りの一日平均の担当者数は約六六人であり、しかもメンバーの中にはクラブのロツカーにゴルフバツグを置いているものもあり、貸クラブを利用する者もあることなどを考慮に入れると実際に原告が扱つたバツグ数はこれより少かつた。

4  原告は五年三月一一日生で訴外会社にキヤデイとして入る前は、実家が果樹園を経営していたので梨、桃、ぶどう等を仕入れてリヤカーに積み、周辺を行商して歩いていたが四一年五月以来訴外会社にキヤデイとして勤めるようになつた。

原告はキヤデイとして勤めていた四三年一一月頃にゴルフ場内で足をすべらしてころび左膝を打ち又同年一二月頃すべつて左膝付近を打つたことがあるが、その際はいずれもすり傷の個所に赤チンを塗ったり、メンソレータムを塗布してすませそのまま仕事を続けた。

5  原告は四四年二月二八日、原告の長男次男が交通事故を起して滋賀病院に入院したため見舞に行つた序に、同病院の谷田恒医師に左膝を診察してもらつたところ左膝関節外側半月板損傷および変形性膝関節症と診断され、レントゲン写真からも、まず変形性膝関節症があり、それに半月板損傷が加わつたものと解された。

そのため谷田医師が原告に入院を勧め、前記争いのない事実のように入院して手術を受け四四年四月二五日退院し、通院治療を続けた後同年八月二五日バツグ係として復職した。当時谷田医師は原告に、半月板摘出手術を受けた人は無理な労働特に永く歩く職業はいけない。こんな労働をすると変形性関節症になり関節水腫が起つて痛くなるという趣旨のことを説明した。

原告は四五年五月頃又左膝を中心に痛み出したので四五年六月二三日より会社を休み滋賀病院にて治療を受けた。その診断名は左膝外側半月板損傷兼変形性膝関節症、右腫骨棘、尾骨痛であり後それに右アキレス腱周囲炎が加わつた。同病院ではマツサージ、超短波療法を同年九月より同年一二月まで主として温熱療法を、四六年五月にリンデロン関節腔内注入を大津市民病院で行つた、その後も守山市の寺内整形外科病院にて治療(一部入院)を続け現在に至つている。原告の最近の症状は両膝関節の腫脹、関節水腫である。原告は四六年一一月三〇日をもつて訴外会社を自然退職となつた。

6  訴外会社でバツグ係を勤め原告のような症状を呈したものは他にない。

以上のごとく認められ、一部以上の認定に反する〈証拠省略〉は他の証拠と比べ措信しない。

三  次に〈証拠省略〉によれば次のとおり認められる。

1  半月板損傷といわれるものは膝関節内障の一種で大部分内側半月板損傷で、その付着部特に前方付着部が損傷されること多く圧迫と捻転が加わつた時即ち膝関節屈曲位で外旋、外反が強制されて起ることが多く、外側半月板損傷は圧迫によることが多く、特別の外傷なくして同様の所見を呈することも多い。外傷による場合は激痛があり歩行障害を伴う。

2  変形性関節症は炎症でなく退行性病変であつて一般に関節症と呼ばれ、関節に慢性退行性変化と増殖性変化が同時に起つて関節体の形態が変化するものをいい、多くは中年以後に起り膝、股、肘関節のごとき大関節に頻発し男子で四肢を強く使用し、天候異変に曝される職業のものに多い。特別の原因はなく、ある素質を基礎として関節の老衰現象に器械的影響が加わつて発症するものと(原発性)と先天性又は後天性の関節の異常形態、外傷、疾患、新陳代謝異常等の明白な原因を素地として発生するもの(二次性)とがある。

3  半月板とは膝関節の骨と骨との間にある軟骨で、正常な三日月型のものと先天性の変形である円板状半月板のものとがあり、後者の場合、反覆される膝の運動のため円板状半月板は、水平面で断裂ができ、次は頸骨側の面が磨滅され、円板状の半月板の中央に孔があけられドーナツ型を来すこと、本件原告から摘出された半月板は三日月型でなくドーナツ型であつたことこのことは原告が元々特異性半月板をもちそれが年とともに変形したものであると思われる。

4  変形性関節症の場合に半月板を摘出することは膝関節に増悪を来たすので慎重論を唱える学者もあるが一般に予後がよく特に本件のような異形半月板の場合は予後が尚よいのが普通である。それが悪くなるのは全身や局所の合併症、病態、年令、手術前後の機能訓練等が考えられ、その中でも最重要かつ必須の要因は膝関節進展機構(大腿四頭筋機能)が健全であることでありそれを規則正しいプログラムに則り強化訓練を行うことが必要である。

5  滋賀病院小村時久医師の意見によると原告は四五年六月二三日右アキレス腱周囲炎の診断を受けているが、これは膝関節のことではないから前の手術時の症状の再発とは考えられない。X線によると四四年二月二八日当時既に原告には変型性関節症の所見があるので原告の症状が半月板損傷のため起つたとは考えられない。従つて労災とは認めがたいとしている。

6  国立京都病院大谷碧医師の意見も右小村医師と同様で原告の変型性膝関節症の発生原因をキヤデイという業務にあるとみることは疑問でむしろ原告の素因を重視すべきであるとしている。

7  京大付属病院小野村敏信医師、日本赤十字病院整形外科部長朝田健医師の見解も原告の症状がキヤデイという業務から発生したとみることには消極的である。

8  これに比べ大津市民病院の佐多徹郎医師は原告の疾病は外傷性と思われ職業と関係があると思われるとしている。以上のとおり認められる。

四  そこで前記一、二で認定された事実に前記三の経験法則、各意見等を参考に考えてみるに原告が当初滋賀病院谷田恒医師の手術を受けた時の半月板損傷と変形性膝関節症はその前年原告がゴルフ場で辷つて膝を打つた時の傷が軽傷で仕事を続けられる程度であつたこと、この疾病の性質からして業務上というより原告の素因が大きな比重を占めていたと考えられるので労働災害とはいえず、かつバツグ係として復職後に生じた疾病は、〈証拠省略〉によつて認められるように原告が谷田恒医師より半月板摘出後は無理な労働特に長く歩く職業はいけないといわれているに拘らず敢えてこれを行つたため生じ、谷田医師の予測したとおりの症状を来たしたもので、それはバツグ係という仕事に従事したため生じたものという事実は否定できないがもとの疾病とその手術の延長上に生じたものであるからこれを以て労働災害とみることはできない。労働基準法七五条一項の業務の疾病とはその疾病と業務との間に相当因果関係のあることを要し労働基準法七五条二項を受けた同法施行規則三五条は業務上の疾病の例示として一号から三六号までの疾病を掲げ、その三八号に於て「その他業務に起因することの明らかな疾病」としているが、本件の場合は右の三八号に該当するとはいえないからである。

この点につき原告は、労働者が業務に起因して疾病を被りその治癒後業務に従事して再発増悪した場合、第一次疾病に業務起因性がなくても第二次疾病に業務起因性があればそれを以て業務上疾病とすることは支障はないとして原告と訴外会社間の大津地裁判決を援用しているが第一次疾病に業務起因性がないこと前記説明のとおりであり、大津地裁の判決は訴外会社が原告にバツグ係として仕事をさせた責任の一部を肯定しているがそのことは労災との関係とは別であるという趣旨のことをいつている(同判決理由二の(一)の後段)ので当裁判所の右の判断の妨げにはならない。

又〈証拠省略〉によつて認められる労働科学研究所が行つたキヤデイの健康調査によると、キヤデイは手動又は電動のカートを押してゴルフアーについて廻る労働のため腰痛、膝痛を訴えるものが比較的多く、これに労災認定をせよという要求のあることが認められるが労災というのはその労働によつて生じた特別の疾病を一般の疾病と区別して救済せんとする制度であるからその労働と疾病との間に相当因果関係がなければならないのでありキヤデイの業務に従事せば通帯膝の疾病を生じそこに相当因果関係があるとみることは相当でない。従つて原告の症状は労働基準法施行規則三五条三八号にいう業務に起因することの明らかな疾病とは認められず、被告が原告の疾病は業務に起因しないとして休業補償給付および療養補償給付を支給しないとした処分は相当であつて、これを取消すべき理由はない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊地博 小北陽三 亀川清長)

(注) 大津地裁判決(同地裁昭和四七年同第四二号・昭和五一年二月九日判決・労働判例二六一号五八ページ、原告稲本ハル(本件原告)、被告観光日本株式会社(本件原告の勤務した会社)間の損害賠償請求事件)は、判示事項の第二次疾病につき、原告は第一次疾病の手術後通院中であり、長時間の歩行、重い荷物の持ち運び及び階段昇り降り等足に負担のかかる業務への就労は差しひかえねばならないにも拘らず被告会社は漫然バツグ係へ配属した上、原告から足の疼痛を理由に増員要求があつたのに、直ちに医師の診断を受けさせることや原告の業務内容を緩和させるような特別の施策を講ずることなく放置したことは、使用者としての注意義務に欠けたため第一次疾病が増悪、再発したものであるとして被告会社の責任を認めている(ただし、原告にも自己の足の健康に対する不注意があつたとしている。)。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例